おはようございます。
弊所では出願業務を行っていないので、発明を特許出願すべきか、営業秘密として秘匿するかについて、中立的なアドバイスができます。そのため、不競法の技術上の営業秘密については、弊所になじむ業務と考えています。
一昨年は弁理士会の不正競争防止法委員会で、昨年は営業秘密サポートWGの担当役員として、今年は営業秘密サポートWGの委員として、技術上の営業秘密に関して弁理士会で活動しています
ところで、先日ネットである方が書かれた営業秘密と特許に関する記事を読んでいて、気になった箇所がありました。
営業秘密の「秘密管理性」についてです。
例えば、以下の論文では、東芝-ハイニックス事件を例に挙げ、秘密管理の困難性を述べています。
(3) 営業秘密と特許出願
ここで,営業秘密と特許出願の関係について言及したい。スタートアップに限らず中小企業全般を対象と
した調査ではあるが,我が国においては,中小企業は,特許出願を最小限にとどめ,できるだけ営業秘密として保護する方針としていることを示す調査結果がある。しかしながら,営業秘密としてテクノロジーを保護することは,一般論として,困難であり,スタートアップにとっては,一層困難である。
一般論としては,秘密管理性の充足が困難である。秘密管理性を満たすためには,機密情報が主観的に秘密として管理しているだけでは不十分であり,客観的に秘密として管理されていると認識できる状態に置かれていなければならない。具体的には,当該機密情報に触れることができる者を制限すること(アクセス制限)と,その情報にアクセスした者が秘密であることを認識できるようにしていること(客観的認識可能性)が必要とされる。すべての機密情報を営業秘密として管理することは,管理コスト,業務効率等の観点から現実的ではない。したがって,営業秘密として管理すべき対象を絞り込むことが必要となるが,これも,その判断が容易ではないことは想像に難くないだろう。
東芝がSK ハイニックスに対して半導体技術の機密情報の不正取得を理由に損害賠償請求を行っていた事件において,2014 年12 月,SK ハイニックスが東芝に約330 億円を支払うことで和解が成立した(14)。この事件は,営業秘密に対する保護が我が国において機能していることを示すものとして大きな意義を有するものの,営業秘密として管理すべき機密情報を的確に特定し,それに対する十分な管理体制を維持し続けたことにより初めて得られたものである考えるのが妥当であり,必ずしも一般化できる事例ではない。
しかし、東芝さんのような優れた経営陣を擁する巨大企業と、上記の論文で採り上げられているスタートアップ企業(ベンチャー企業)では、秘密管理の手法、規模が全く異なります。
実際の裁判例でも、数名程度の組織においては、何が営業秘密であるかは、所属員間で共有されているため、厳格な秘密管理性要件は問われていません。
このような裁判例を踏まえ、今年の1月に、経済産業省の営業秘密管理指針が改定されました。
http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/20150128hontai.pdf
秘密管理措置の具体的な内容・程度は、当該営業秘密に接する従業員の多寡、業態、従業員の職務、情報の性質、執務室の状況その他の事情によって当然に異なるものであり、例えば、営業秘密に合法的かつ現実的に接しうる従業員が少数である場合において、状況によっては当該従業員間で口頭により「秘密情報であること」の確認をしている等の措置で足りる場合もあり得る。
○典型的な管理方法
前述のとおり、ファイルの利用等により一般情報からの合理的な区分を行ったうえで、基本的には、当該文書に「マル秘」など秘密であることを表示することにより、秘密管理意思に対する従業員の認識可能性は確保されると考えられる。
個別の文書やファイルに秘密表示をする代わりに、施錠可能なキャビネットや金庫等に保管する方法も、認識可能性を確保する手段として考えられる。
もちろん、スタートアップ企業が、特許権、意匠権等を取得し、技術力をアピールしたり、資金調達を容易にすることは、非常に大切なことだと思います。
しかし、資金や人的資源に限りがある会社に、次々と特許出願をするように薦めるのは、やはり適切なアドバイスとは言えないでしょう。
ソフトウェアの内部処理や製品の加工技術など、製品を分解してもすぐには解らない技術は当面秘匿し、ユーザーインタフェースや製品の構造など、販売により公知となる技術は特許出願しておく、これが王道と思います。
実は、様々な方面から、弁理士が特許出願ばかり薦める(自分の利益ばかり考える)と批判の声が挙がっています。
資金の限られたベンチャー企業に、特許出願を薦めるのが本当に良いことなのか、慎重に検討する余地があると感じています。